セ界NO.1左腕が… [野球]
井川ぁっ!こらぁっ!ボロボロやんけ!
ホームランは撃たれたものの、立ち上がりを見る限り、球は走っていたんだけど・・・。
元々コントロールの悪いピッチャーだがストライクとボールがはっきりし過ぎ。
初対面で相手も様子見だったのだろうが、冷や冷やもんの甘い球が10球はあったぞ!
被本塁打2はラッキーでしょ。
撃ち取ったあたりが野手の間に落ちる不運なヒットもあったが、押し出しや
追い込んでおいてからの死球は無いでしょ?
アホに見えるんでお願いだから外国では口閉じて投げてください。
前歯が邪魔しているようですが・・・。
調子悪そうに見えた松坂が1失点、悪くないと思えた井川が7失点、
私の見る目が無いんでしょうか・・・・?
まあ松坂の肝っ玉は異常。普通はこんなもんかな?チームも負けなかったし。
A・ロッド様様。
次回がんばってください!
私は虎ファンではないが、福原、安藤の離脱で私の周りに多い虎ファンは君を必要としているようだ。
いつ戻ってきても大丈夫そうだぞ!
Warren Zevon [Today's Album]
松坂君、初勝利おめでとう! 足掛け数ヶ月、温めていた記事をアップ!
いつもより変化球多めで物足りない感もあったけど、
寒くて体調も良くない中、初マウンドとしてはまずまずのピッチングだったんじゃないでしょうか。
Royalsの先発、初めて見た人だけどコントロールも良く技巧派でしたね。
「Warren Zevon / Warren Zevon」 (1976)
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こちらは今回ボーナス・トラック付が出ていないElektraでの1stアルバム。
恥ずかしいことに、この人を理解するのには時間が掛かった。前もって“ウエスト・コースト・ロックは爽やか”(今思うとEaglesやJackson Browneは一概に爽やかとは言えないのだが・・・)という固定観念に囚われていた所為だと思うが、今では爽やかな(?)他のウエスト・コーストのアーティストよりも私のプレイリストに頻繁に登場している。
キリスト教社会ではタブーとされている死や暴力をリアルに綴った歌詞と硬派なサウンドから、"ロック界のSam Peckinpah"の異名をとるWarren。以外にも彼の才能を最初に見抜いたのは“ロック界の軟弱男”(うそ!ほんとは大好き!)の異名をとるJackson Browneだった。
ギャンブルで生計を立てていた父と放浪生活をしながらクラッシック・ピアノを覚え、法律の勉強もしていたが、徐々にその興味はフォーク・ミュージックに移っていき、Lyme & Cybellというフォーク・デュオでデビュー。その後「Wanted Dead or Alive」でソロ・デビューを果たすが全く売れず、セッション・ミュージシャンやEvery Brothersのサポート・ピアニストとして燻っていたところをJacksonに拾われ、彼のプロデュースでメジャー・デビューとなった。
セールス面では大ヒットした「Werewolves of London(ロンドンの狼男)」を含む次作の「Excitable Boy」には遠く及ばないが、爽やかで清清しい印象のあった当時のウエスト・コーストのミュージシャンの中で、誰も描かなかったL.A.の暗黒部を克明に描写した歌詞、ハード・ボイルド臭プンプンのサウンドと微妙に揺れるテナー・ヴォイスは異端、かつ斬新で高い評価を得た。
クラッシックの影響も感じるピアノのイントロで始まる①「Frank and Jesse James」は西部開拓時代のならず者達を称えた曲。
アコースティックなフォーク・ロック、③「Backs Turnud Looking Down The Path」では珍しくJackson Browneのスライド・ギターが聴ける。
Linda Ronstadtは彼女のアルバム・タイトルにもなった④「Hasten Down The Wind」、彼女のヴァージョンが31位まで上昇したロックンロール・ナンバー⑤「Poor Poor Pitiful Me」、様々な問題を抱え、夜中のラジオから流れる曲に癒しを求める人々を歌い、David Lindleyのスライドが咽び泣く⑦「Mohammed's Radio」、カナダの名シンガーソングライター、Murray Mclauchlanも取り上げ、薬中ジャンキーの孤独を歌い、異国情緒(この場合はメキシコ)溢れるギターが素晴らしい
⑨「Carmerita」と、このアルバムから4曲もカバーしている。Linda嬢が当時、いかに彼の作品にご執心であったかが窺える。
⑪「Desperado Under The Eaves」も自身のピアノで始まり、ストリングスを加えてドラマチックに盛り上がるスローなナンバー。ドラマでEaglesのDesperadoを知った人にもDesperado繋がりで是非聴いてみて欲しい曲。(冗談ではなく本当に同じ様な雰囲気を持った曲です。)
Jackson Browne以外にも、Lindesy Buckingham、Stevie Nicks、David Lindley、Phil Everly、後にWarrenの片腕となるWaddy Wachtel、EaglesのDon Henley & Glenn Frey、BeachboysのCarl Wilsonと、錚々たるメンバーが参加。
美しい物は素晴らしいのかも知れないが、世の中美しい物ばかりではない。半分は醜い物事だ。その醜さから目を背けずに描写し続けた稀有な存在。
頭が切れて、無類の皮肉屋、ウェスタン・ブーツをウォッカで満たして飲み干した・・・という逸話も残っているほど自虐的で破天荒な男だった。でも案外、繊細で優しい心の持ち主であったのであろう。でないとこんな歌は歌えないはず・・・・。14枚のオリジナル・アルバムを発表。彼を敬愛するR.E.M.のメンバーとのプロジェクト「Hindu Love Gods 」(1990)での活動も記憶に新しい。
2003年9月7日、肺癌のため56歳で死去。
「I'll Sleep When I'm Dead(俺が眠るのは死んだときだ)」と歌った男はようやく眠りに就くことができた・・・。
Video 「Mohammed's Radio (with Jackson Browne)」
Video 「Poor Poor Pitiful Me」 “あの曲”へと雪崩れ込むメドレー!吼えてます!
http://www.youtube.com/watch?v=OZLiDUeFB7E
調子こいてこのままDVD行きます。
VH1 (Inside) Out : Warren Zevon
- 出版社/メーカー: コロムビアミュージックエンタテインメント
- 発売日: 2004/03/31
- メディア: DVD
2002年8月、末期肺癌で余命三ヶ月と宣告された彼は、これが最後と知りながら曲を書き始め、遺作となったアルバム「Wind 」とその製作過程を追ったDVDの製作を始める。
この親父は死に直面しても自らを茶化し、ドギツイ皮肉やジョークに戸惑う周りの人々を尻目に毒を吐く!
長年苦しんでいたアル中を克服し、健康面に気を使い始め、これからアーティストとして円熟期を迎えようという矢先の残酷な宣告だった。しかし、彼は真っ向からそれを捉え、「多くの人々には無い、伝えたいことを世に出す機会を与えられていることに感謝している。」と彼らしくもない殊勝なコメントと共にアルバム製作に取り掛かる。
レコーディングを助けるためにスタジオを訪れた友人達はJackson Browne、Tom Petty、Mike Campbell、Dwight Yoakam、Bruce Springsteen、Ry Cooder、Emmylou Harris、EaglesのDon Henley、Joe Walsh、Timothy B. Schmit、ミュージシャンであり俳優のBilly Bob Thornton、スタジオ・ミュージシャンのJim Keltner、等。
レコーディングが進むに連れ、正常な意識を保つために化学療法を拒んでいたWarrenの体調も悪化し、信じられないようなミスを連発、スタジオは重苦しい雰囲気に包まれる。
その空気を打破したのがクリスマスの予定をキャンセルして駆けつけたSpringsteenだった。(またBoss贔屓ですいません!)これもまたロックの裏街道を歩んできた彼にしては意外な言葉だったのだが「誰もが、“自分はこうありたいと思える男”だ。」と賛美するBoss相手には、流石の毒吐き男も毒づけず。
BossのWarrenを見る目には哀れみは無く、あくまでレコーディング中のアーティスト同士として接する。真顔でアドヴァイスを与え、ジョークを交えながらもレコーディングに全力を傾けるBossの力でスタジオには笑顔が満ち溢れる。そんなBossのハーモニーと荒っぽいが(恐らくオーバーダブや編集は無いと思われる。コントロール・ルームで演奏しているところからアンプは通さず、卓に直結か?)生々しく、入魂のギター・プレイはアルバム中最もハードな曲、「Disorders In The House」で聴くことができる。正に“Rock界の光と影”の共演!
その後体調の悪化で中断を余儀なくされるが、ドクターの予想を大幅に超え、アルバムの完成と双子の初孫たちの誕生を待って・・・・。
彼のメッセージは「Keep Me In Your Heart (for a While)」という曲のタイトルに集約されている。
最近の映画やゲームには敵を撃ったり、斬ったりしていても痛みや悲惨さが伝わってこない物が多い。自ら命を絶ってしまう若者達は、本気で直ぐに生まれ変わって来ると思っているという。
Warrenがリアルに死や暴力を歌ったのは、何も彼が死や暴力の信奉者だったのではなく、実際に当時のL.A.に溢れていた死や暴力を描写することで、生きることの素晴らしさを伝えたかったからではないだろうか?
ps
無事に扉が開いたことを祈る・・・。
Video「The Late Show with David Letterman」より (2002/10/30)
またボーナス・トラック? [Music]
Rhino RecordsからWarren Zevonの旧作がリマスター、ボーナス・トラック付で発売になったらしい。うーん、そそられるなぁ・・・・。
でもリマスターはともかく、ボーナス・トラックっていうのはちょっと問題あると思いませんか?
“アルバム単位”という考えはA、B面が無くなったときに死んでしまったのかもしれない。
それでも“日本盤のみボーナス・トラック付”とかの売り文句を見ると、「アルバムはアーティストがチョイスした全ての曲を含めて一つの作品なんじゃないかなあ?」と疑問に思ってしまう。
アーティストが悩みに悩んでレコーディングした曲の中から収録する曲を選び、曲順も練りに練って“これで完成”、とした作品にボーナストラックを付けると違った物になってしまっているんじゃないだろうか?
もちろんアーティスト側もある程度の承認は出しているのだろうけど、例えば、もしJimi Hendrixが自分のアルバムが裏表のない小さな白い銀の円盤に収められ、自分がボツにした曲やテイクが加えられて売られているのを知ったらなんて言うのだろうか?と疑問に思う。
Springsteenなんかは一つのアルバムを作成するために膨大な数の曲をレコーディングしても、アルバムのコンセプトに外れている物は楽曲の良し悪しに関わらずお蔵入りにしているらしい。今までに外された曲はライブでプレイされたこともあったが、4CDボックス・セット「Tracks」という形で日の目を見た。聴いた人はもうわかっていると思うけど、Springsteenは楽曲のクオリティが低いからその曲をボツにしたんではないってことが良くわかる。正直“あのアルバムのあの曲よりこっちの方が良いよ!”という曲がめじろ押し!「18TRACKS~The Best of ”TRACKS” 」なんていう「Tracks」収録曲の中から選ばれた編集盤みたいのも出てて、そこには「Tracks」にも入っていない未発表曲も収録されていたが、Boss贔屓の私は、こういうせこいファン泣かせの企画はBossの仕業ではなく、CBSの陰謀だと硬く信じている。
彼ほど妥協が無い人も逆に珍しいと思うけど、Van Morrison(いやこの人も妥協を知らない超頑固親父か?)の「Philosopher's Stone」なんかも同じような考えで出された未発表曲集なのかな?こっちも良い曲多かったし!
アルバムという芸術作品を大事にするのなら彼らの採った方法が未発表曲も聴きたいファンにとって正しいやり方?
今やそのアーティストに関する情報はネットでいくらでも手に入る時代。
解説やボーナス目当てに高い新譜の日本盤を選ぶことは殆どない。そのボーナスがシングルのB面に入っていることもよくあるし。(あまりシングルを出すようなアーティストを買うことはないのだけど・・・・。)
と言いつつ、給譜の再発となると既にそのアルバムのオリジナル・コンセプトは理解していると自分に言い訳し、せっせとWarren Zevonのボーナス・トラック曲目をチェックしている意志薄弱な私・・・・。今までにもいっぱい買っています・・・。
またボーナス・トラックがいい曲やアレンジ違いだったりするんだよな、これが・・・。
Heads Hands & Feat [Today's Album]
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60年代、70年代のBritish Rockは大好きだった。Stonesは言うまでも無く、Led Zeppelin、Free、Humble Pie、Faces、Jeff Beck Group等、ロックのルーツであるアメリカのブルーズやフォーク、カントリー等を良く研究していて、そこにBritish Tradなどイギリスならではのエッセンスを加え実験的、商業的にもロック生誕の国より先んじていたような気がする。特に本格的なヴォーカリストの素晴らしさは際立っており、Robert Plant、Mick Jagger、Joe Cocker、Steve Winwood、Steve Marriott、Paul Rodgers、Rod Stewart等、枚挙に暇が無い。Eric Claptonがあそこまでビッグになったのはブルーズやカントリーといったルーツ・ミュージックを敬愛し、模倣し、探求して自分の血肉にしたからではないであろうか?
先に述べたビッグネームばかりでなく当時のイギリスには草の根レベルでも元気のいいルーツ・ロック・バンドが多数いた。
Eric Claptonのサポート・ギタリストとして抜擢され(彼のプレイはECの「Just One Night」で聴くことができる)全国的に知られるようになったギタリスト、Albert Leeを中心に結成されたグループの1st アルバム。結成以前にAlbertは数々のローカル・バンドやアメリカのカントリー・シンガー、Bobby BareやSkeeter Davis等とのセッション暦が有り、James Burton、Chet Atkins、Jimmy Bryant等、名カントリー・ギタリストの影響を感じさせる演奏で知る人ぞ知る存在であった。
当時アメリカでは2枚組みとしてリリースされAlbertのプレイが話題を集めたが、イギリスでは曲を削られ、1枚のアルバムとしてリリース。もちろん現在のCDでは1枚ながら全曲収録されている。
①「I'm in Need of Your Help」のイントロでいきなり、プログレか?と思うようなカッチリあった演奏を聴かせビックリ、が、イギリス人とは思えないほど土臭い声質のTony Coltonのヴォーカルが入ってくると一変する。続く②「Send Me a Wire」、④「Green Liquor」はファンキーなブリティッシュ・スワンプ・ナンバー。Albertのファンキーな“パキパキ”ギターを堪能できる。伝説的名演となった⑤「Country Boy」では、「タメが無い!」「弾きすぎ!」と言われたら返す言葉が無いが(無いのかよ!)、若き日の“British Country Boy” Albertの超絶カントリーギターに酔う。この曲は79年のソロ・アルバム「Hiding/Albert Lee 」でも正確さを増して再演。⑥「Tryn' To Put Me On」はフィドルもフューチャーされたカントリー・ロックだが後のパブ・ロックに通じる匂いをも醸し出しているのが面白い。
圧巻は7分近いスワンプ・ロック⑫「The More You Get, The More You Want」での息継ぎなしのAlbertのプレイ。エンディングでは絡んでくるサックスと掛け合いプレイの応酬!続く⑬「Song For Suzie」では泣きのギターで、スローでも弾けるプレーヤーであると証明。
バンドは72年に同様に火の出るようなAlbertのプレイが聞ける2nd「Tracks...Plus 」も発表するが、わずか2年程で活動を停止。その後AlbertはEmmylou Harris、ECのサポートと平行しソロ・アルバムも数作吹き込んでおり、現在はご存知の通り売れっ子セッション・ミュージシャンだ。
Country RockやSwamp Rockを演っていても、ディープになり過ぎず、どこか飄々としており、「こういう音楽が大好きなんだけど、どうやってもこうなっちゃんだよっ!」みたいな感じで、Rockのルーツの無い我々日本人にも親近感が持てるのは“British-American-Rock”ならではの魅力?
Video「Country Boy / Albert Lee」
これでもかっ!ちゅうぐらいの超絶ピッキング。しかし表情変わらず。(汗)もう謝るしかありません。出だしの躓きはご愛嬌?バンド在籍時よりうまくなっています。You Tubeのコメント欄には顔も似てるからか“Country Steve Vai”とのコメントも・・・・。